松島輝空ってどんな人?性格がわかる7つのエピソード
松島輝空選手のエピソードを紹介します!
こんにちは!ひーたぱぱです。
日本男子卓球界で今、ものすごい勢いで存在感を高めている松島輝空(まつしま・そら)選手。
2026年9月のアジア大会では、張本智和選手、戸上隼輔選手とともに男子団体に出場。
決勝では中国を3-2で破り、日本に60年ぶりとなる男子団体の金メダルをもたらしました。
最後の第5試合を任され、勝利を決めたのが松島選手です。
世界ランキングでもトップクラスに入り、今や日本男子のエースの一人。
そんな松島輝空選手ですが、いったいどんな人物なのでしょうか?
今回は、幼少期や家族、プライベートなども含めて、松島輝空選手の素顔がわかる7つのエピソードを紹介します。
① 赤ちゃんの頃は卓球台の上で寝ていた
松島輝空選手の父・卓司さんと母・由美さんはともに卓球経験者。
両親が卓球場で指導していたこともあり、輝空選手は0歳の頃からラケットに触れていたそうです。
さらに驚くのが、赤ちゃんの輝空選手を卓球台の上に寝かせていたこと。
ラリーの「カン、カン」という音が、まるで子守歌のような環境だったといいます。
そして1歳ですでにラリーができるようになったというから驚きです。
② 小学生時代は「友達と遊ぶことが99%なかった」
松島選手の幼少期は、想像以上の「卓球漬け」でした。
父・卓司さんによると、小学生時代は友達と遊ぶことが「99%ない」生活だったそうです。
朝は起きてわずか5分後には自宅2階の練習場へ。
学校が終われば両親の卓球場へ向かい、仮眠を挟んで夕方から約5時間練習。
さらに自宅へ帰ってからも練習していました。
父親によれば、365日のうち364日は練習していたといいます。
ここまでくると、普通の「卓球少年」とはまったく違いますね。
③ 実は「卓球は楽しいと思っていない」
これだけ卓球一筋で育った松島選手ですが、意外な発言もしています。
2026年のインタビューでは、
「今でも楽しいって思ってないですよ、卓球は」
と明かしています。
では、なぜ続けているのか。
その理由は「夢があるから」。
厳しい練習から逃げたいと思ったことも何度もあったそうですが、「夢があるので逃げなかった」と話しています。
「卓球が大好きだから毎日楽しく練習しています」というタイプではないところが、松島選手の面白いところです。
④ パリ五輪では「負けろって思ってました」と本音を告白
松島選手の負けず嫌いぶりがよくわかるのが、2024年パリ五輪です。
松島選手は代表入りを逃し、リザーブ選手としてパリ五輪に帯同しました。
当然、日本代表を応援する立場ではありますが、当時の気持ちについて後に、
「試合を見ていて『負けろ』って思ってましたよ」
とかなり正直に告白しています。
それほど代表になれなかったことが悔しかったのでしょう。
帰国する日には母親へ、
「次は俺が行くから待ってて」
とLINEを送ったそうです。
きれいごとだけで済ませず、当時の嫉妬や悔しさまで話してしまうところにも松島選手らしさを感じます。
⑤ 昔は「俺様」だった!張本智和のすすめでゴミ拾い
実は松島選手、子どもの頃から勝ち続けていたこともあり、父親から見ると少々「俺様」なところがあったそうです。
父・卓司さんは当時について、
「『俺様』な態度で、話も全然聞かなかった」
と振り返っています。
しかしパリ五輪の代表入りを逃した頃から、少しずつ変化。
張本智和選手から「やってみたら」と勧められ、ゴミ拾いを始めたほか、大谷翔平選手の考え方なども動画で学ぶようになったそうです。
卓球の技術だけでなく、人としても変わろうとしていたのかもしれません。
⑥ 『呪術廻戦』のポーズをするのに作品は見たことがない
松島選手は勝利後に『呪術廻戦』を思わせるポーズをすることがあります。
当然、作品のファンなのかと思いますよね。
ところが本人によると、
「実は、呪術廻戦を見たことないんです……」
とのこと。
TikTokなどで偶然見かけたポーズを知っていただけなのだとか。
これはちょっと意外ですね。
ちなみに音楽はかなり好きで、Mrs. GREEN APPLEや優里だけでなく、玉置浩二のような昔の音楽も好きなのだそう。
休日には午前中は寝て、午後から買い物やカラオケに出かけることもあるそうです。
卓球台を離れると、普通の19歳らしい一面もあります。
⑦ 試合では笑わないのに、家では妹をギューッ!
試合中の松島選手といえば、鋭い目つきで相手を見つめる姿が印象的です。
本人も「試合では笑わない」と話しているそうです。
ところが父親によると、自宅ではまったく違うのだとか。
家ではよく笑い、妹をギューッと抱きしめることもあるそうです。
松島家は4人きょうだいで、輝空選手は長男。
弟や妹たちも卓球に取り組んでいる、まさに卓球一家です。
試合中の闘志むき出しの姿からは想像しにくいですが、家に帰れば優しいお兄ちゃんなのかもしれませんね。
まとめ

今回は、松島輝空選手の素顔がわかるエピソードを紹介しました。
赤ちゃんの頃から卓球台の上で過ごし、小学生時代にはほぼ毎日卓球漬け。
一方で「卓球は楽しいと思っていない」と言ったり、パリ五輪では「負けろと思っていた」と正直に話したりと、かなりストレートに自分の気持ちを表現する選手でもあります。
そして卓球台を離れれば、音楽やカラオケが好きで、家では妹を抱きしめる普通のお兄ちゃん。
試合中の姿だけではわからない、意外な一面をたくさん持った選手ですね。
2026年のアジア大会では、中国との男子団体決勝で最後の第5試合を任され、日本の60年ぶりとなる金メダルを決めた松島輝空選手。
これから日本男子卓球を引っ張っていく存在として、ますます注目されそうです。